介護福祉士として勤務された経験のある方の体験談を紹介しています。

介護関連に携わっておられる方の参考にして頂ければ幸いです。

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最期の一杯

高齢者に関わる全ての方に、ぜひ心掛けていただきたいことがあります。

これは、私が大学を卒業後に初めて働いた特別養護老人ホームで、栄養士の方に言われた言葉です。

「食事のお手伝いをする時は、『この一匙がこの人の人生で最後になるかもしれない。』そう思って、誠意を込めてお手伝いしてくださいね。」というものでした。

私はこの言葉を大切に、日々関わらせていただいているつもりでいました。

しかし、心掛けが足りず、非常に辛く、反省すべき出来事が起こりました。

今回はそんな話を書き起こします。

新人さんの研修や、介護士の経験談を求められたときに必ずお話する、私にとっての「一番後悔している話」です。

私が当時勤めていたホームに、瀬川さん(仮名)という男性のご入居者がいらっしゃいました。

とても頑固な方で、スタッフに対して「この薬は嫌いだから飲まん。」

「あんたは気に食わないから世話になりたくない」などしょっちゅう仰る方でした。

瀬川さんの厳しい態度は、なんとなく私の父に似ていて、そのせいもあってかなぜか私達は馬が合い、瀬川さんも私をとても可愛がってくださっていました。

夜勤の夜には、車椅子を自走してスタッフルームへ顔を見に来てくれました。

「夜勤大変やな。しんどないか?怖くないか?」

当時担当していたフロアは一人での夜勤だったため、毎回気遣ってくださっているご様子でした。

そんな瀬川さんのお気持ちが嬉しくて、ある夜勤の日、いつものようにスタッフルームに来てくださった瀬川さんに、こっそり来客用のちょっと良い煎茶を、急須で淹れてお出ししました。

「ばれたら主任に怒られちゃいますから、内緒ですよ。」

「うまいなぁ。こんなにうまいお茶、久しぶりに飲んだわ。ありがとう!」

普段は強面の瀬川さんの顔が緩みました。

この日から私が夜勤の日には、瀬川さんはいつも美味しい煎茶を期待してやって来られるようになりました。

私も、喜んでくれる瀬川さんの顔を見られるのが嬉しくて、心を込めてお茶をご用意していました。

数ヶ月経ったある夜勤の夜、いつものように瀬川さんの自走する車椅子の音がしました。

「美味しいお茶、頂きに来たで~」と、上機嫌。

そんな時、別の方からのナースコールが鳴りました。

それも3人の方が同じタイミングに。(わー。これはなかなかスタッフルームに帰ってこられそうにないなぁ…。)

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そう思った私は、瀬川さんをお待たせするのも申し訳なく思い、普段からご入居者が自由に使うことのできる給茶器からさっと緑茶を入れ、瀬川さんにお渡ししました。

「瀬川さんのお気に入りのお茶、どうぞ!ちょっと呼ばれているので行ってきますね。」

「ありがとう。やっぱりこのお茶はうまいなぁ。」

瀬川さんは気付かず、いつものように満面の笑みを見せてくださいました。

もしかしたら、気がついていたけれど忙しそうにしている私に気を遣ってくださったのかもしれません。

3人の方々の対応を終えてスタッフルームに戻った時には、瀬川さんはもうご自身のお部屋に帰られていました。

夜が明けて、勤務時間が終了しました。

廊下で瀬川さんに会ったので、「帰りますね!また明後日に来ますね。」と声をかけました。

「うん、ご苦労さん!気をつけて帰りや。」と優しく見送ってくださいました。

そして2日後。日勤で出勤すると、フロアに瀬川さんの姿がありませんでした。

「瀬川さん、昨日体調悪くなって急に入院することになったのよ。」と、他のスタッフから聞きました。

「そうなのか。瀬川さんすごくお元気だから、すぐに帰ってきてくれるだろうな。」そう思いました。

ところが一週間後。瀬川さんの容体が急変し、そのままご逝去されたとの知らせが入りました。

私は愕然としました。あの日の夜勤が、瀬川さんと私の最期のかかわりになってしまったのです。

誰にも見られないように、一人悲しみの涙を流しました。

なによりも悲しかったのが、あの夜に瀬川さんにお出ししたお茶のことでした。
 
あの夜、なぜ瀬川さんを欺くようなことをしてしまったんだろう。

瀬川さんは、私のことを信頼してくださっていたから、いつも通り美味しいお茶を淹れたと思って飲んでくれたのに。

瀬川さんの人生で、恐らく最期の煎茶を飲む機会だったのに。

そうとわかっていたら、心を込めて淹れた最高の一杯を飲んでもらいたかったのに。
 
考えれば考えるほど、涙が溢れました。

私達は、毎日ご高齢の方達と過ごしています。何気ない会話、何気ない一コマ。

でも、その方に残された時間はあとどれくらいなのか。それは誰にもわかりません。

もしかしたら、自分がその方の人生最期に会話を交わした相手になるかもしれない。

あるいは、最期に身につけるお洋服を選ぶことになるかもしれない。

本当にわからないのです。 

瀬川さんとの出来事は、他の人からすればほんの小さなことなのかもしれません。

しかし私にとっては、とてつもない後悔とともに、大きな学びになりました。

「彼らは人生のラストスパートを私達とともに過ごしてくださっている。私達は、自分の都合で不誠実な行いをしてはいけない。

必ず後悔するから。」ということです。

瀬川さんとはもう言葉を交わすことも出来ないし、美味しい煎茶を淹れて差し上げることもできないけれど、大切なことを教えていただきました。

いつか天国で再会できたら、「あの時はごめんなさい。」と謝って、最高に美味しいお茶をお出ししたいなぁと思います。

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